日本木刀の歴史と伝統工芸士・新留義昭氏
九州南部にある木刀工房の職人を尋ねて
木刀は、剣道の形稽古などに使用される日本刀の模造刀であり、当初、「折れたら新しいものに替える消費物」として製作されていたと言われています。時代の変化とともに、木刀は、形稽古用の実用品としてだけではなく、少しずつスヌケや黒檀などの高級木材から作られるクオリティ高い伝統工芸品としての木刀製作も行われるようになっていきました。今回、木刀の歴史とその製作技術を学びに、宮崎県都城市に工房を構える木刀職人を尋ねてみました。
木刀と木剣
「木刀(Bokuto)」は、海外の合気道家からは「木剣」(Bokken)と言われることが多く、筆者が道場で稽古をしている際にも、どちらが正しいのかという議論になることが頻繁にあります。結論から言うと、漢字で表した場合の「剣」か「刀」かの違いだけであり、木刀を指すことに違いはなくどちらも正解といえます。一般的には「剣」は両刃で一直線、「刀」は片刃で刀身が日本刀のように反りがある刀を指すものと言われてるようです。では、海外ではなぜ、「木刀」より「木剣」という言葉のほうが普及しているのでしょうか。ここからは筆者の想像ですが、西洋では「刀」よりも「剣」が古来より普及した背景があること、そして、「剣術」や「剣道」、「合気剣」などの武術の名前が存在することからも言えるように、「剣」は一般的に「刀」を含めた刀剣類全般を指す言葉として使われていることなど、海外においては「刀」よりも「剣(ken)」という響きのほうが、より「木刀」の言葉をさす音としてのイメージが強く残ったのかもしれません。なお、このブログでは、筆者の馴染みがある「木刀」という言葉を用いることにします。
木刀製作のはじまり
木刀は、武術の稽古用として考案され、古くより使用されてきました(稽古中の打ち合いに刀を使用するのは大変危険だったため)。そして、使用する木刀は、稽古者が自ら削って作ることが多かったと言われています。現在では、全国の木刀の9割以上を九州宮崎県都城市で生産しています。
温暖な気候と豊かな土壌、広大な土地に恵まれた都城地方は、宮崎県南西部、霧島山系を望む盆地に位置し、20世紀初期、軍需に応じ大量の樫材が流れていたことから、樫材を利用した柄木(農業の柄)作りが盛んでした。大正10年、荒牧武道具木工所の設立者である荒牧和三氏が福岡県からその豊富な樫材を求めて宮崎県都城市に移り、木刀製作を始めたことが起源と言われています。荒牧武道具木工所の設立により木刀生産が普及し、都城地方で木刀産業は発展していったわけですが、なぜ、都城市の小さな町だけに集中して工房があるのかは現在では忘れ去られ、今回の取材の際に都城市に今も存在している工房の何人かの職人に聞いても誰も答えることはできませんでした。
新留木刀製作所・新留義昭氏について(現代に誇る偉大な木刀職人)
現在、都城市には四つの木刀製作所が存在しています。中でも、「新留氏(新留木刀製作所)の作る木刀は、木材の選定から仕上げに至るまで、芸術品のように素晴らしい。」と同業者からも絶大な評価を得る新留木刀製作所。新留氏のもとには、その芸術作品のような木刀を求めて、オーダーが全国区から集まり、現在では入荷するのに数ヶ月かかると言っても過言ではありません。そんな、多忙を極める中、今回、私達の取材のため、特注 星道オリジナル短刀を筆者の前で製作することを快諾してくれた新留氏に心から敬意を表したい思います。
木刀製作の流れ
木刀製作では、大きく十工程に分けられるそうですが、製作前の工程として、まずは木材を選定するところから始まります。そして、木材を丸太のまま購入した後は、専門業者に板木にしてもらうそうです。その後、約1~5年ほどかけて適度な水分状態になるまで木材を自然乾燥をさせ、これから紹介する製造工程に入ります。
まず始めに木刀の種類に従い、板木に全体的な線引きをしていきます。ここで、木刀の反りの曲線や厚さ、長さなど、全ての寸法が決められていきます。その後、面取り機で型取りをしていき、おおまかな姿に仕上げられ、鉋で形を作りあげていきます。鉋を使った作業は、完全に職人の手作業となり、20種ほどの鉋を用途に応じて使い分けながら鉋がけを行うそうです。そして、木刀の前後を万力で固定し、峯を作っていきます。その際に、木刀を宙に浮かせた状態で鉋作業をするのですが、この固定具は、20世紀初期に木刀産業が都城で普及した際に発明された都城独自のものなのだそうです。柄頭も切っ先もまだ作られていない峯だけがある状態の木刀は、完成型の木刀よりも若干長くなっていて、ここから念入りにやすりで磨かれていくのです。そして、万力の跡が残った両端を切り落とし、木刀の種類に従って長さを調整していきます。最後、柄頭、切っ先をわずか数分であっという間に仕上げていきます。「木刀は切っ先三寸が命」というように、流派によって切っ先の形は様々で、この部分も電動鉋を用いて職人の技量に頼る作業となります。新留氏曰く、この最終工程が一番神経を使うそうです。そして、最後にもう一度、ペーパーで磨きをかけながら正確に形を仕上げていき、お客様の要望に応じてニス仕上げ、または油磨き仕上げを行っていきます。(新留木刀製作所で油磨きの際に使用しているのは「椿油」だそうで、強い香りもなく扱いやすいから、とのことでした。木材にも使用可の油であれば、特に問題がないそうです。)
また、今回の取材では、スヌケや椿といった高級木材についても話を伺うことができました。現在、希少価値が高くなっているスヌケや椿は、乾燥期間に5年程費やさなくてはならず、木刀業者であっても、来月の注文を受けられるかどうか返答するのは非常に難しいのだそうです。また、樫の木も年々少なくなってきており、実際、「本赤樫」と呼ばれる木材も九州では近年、非常に数少なくなってきているため、日本全国から探してきている状態とのことでした。一般的に九州産の樫やイス、枇杷が木刀には最も適すると言われているのに対し、関東のものと何が違うのかを尋ねてみたところ、質については大差はなく、ただし、九州に比べて関東のほうが気温差が大きいため、木材の木繊維がつまっており、木材を乾燥させるのにより時間を費やすのだそうです。
今回、筆者の目の前で見せて頂いた特注短刀(※)の製作の場合は、上記の全工程でだいたい2時間くらいの作業で、その仕事量の半分が機械、半分が手作業によるものでした。ただし、特注木刀の製作では各機械を特注仕様に調整するだけでも時間を費やしてしまうため、1,2本のオーダーの場合は、全て手作業でやってしまったほうが効率がいいとのことでした。一方で、1日に工房で製作される木刀はだいたい平均50本くらいだそうですが、30~50本くらいの同種類の木刀の受注があるときには、30数本であっても、二人で4、5時間程で作ることができるそうです。
(※今回、製作頂いた、「星道オリジナル 特長短刀」は、本部道場の 宮本鶴三師範が2013年の木刀と短刀を使った演武で使用しているものです。こちらの動画からご覧頂けます。).
また、銘入れについても尋ねてみたところ、14文字の銘を手彫りでいれるのに1時間程度はかかってしまうとのことで、時間短縮のために銘を10文字にすることもあるそうです。新留氏は、「正直いうと銘入れにはあまりこだわりがないんです。勿論、お客様からのご要望があればお入れしますが、繁忙時なんかだとどうしても後回しになってしまって、お客様には待ってもらっているような状況ですね。」と笑いながら話されていました。また、政府から「伝統工芸師」の認定を受け、同じ木刀職人からもその技術のクオリティは折り紙つきにもかかわらず、新留氏は「新留木刀木工所」のブランドマークさえ製作した全ての木製武器に刻印することはないそうです。商業的な要素もあるブランドマークをつけることに重要性を感じず、「誰が作った云々ではなく、木刀そのものからその良さを感じていただければそれでいいんです。」とのことでした。新留氏の職人としての謙虚さが伺えたのと同時に、自身の製作される木刀に絶大な自信と信頼を寄せている証拠なんだと感じました。
取材の最後に、受注数がきれることなく2,3ヶ月待ちが続いているにもかかわらず、兄弟二人で工房を切り盛りをしている新留氏に、今後、職人の雇用は考えていないのか、冗談交じりで聞いてみました。新留氏は笑いながら、「こんな小さな工房ですよ。本当にね、お客様には製作時間がかかってしまい申し訳なく思っておるのですが、それでも、きっとお客様は私達の作った木刀に満足していただけると信じています。例え、人を雇ったとしても、しばらくの期間は職人を独り立ちさせるまでに時間がかかってしまう。その間の木刀製作に支障がでてしまうのは明らかで、私にとっては、木刀のクオリティが何よりも一番大切なんですよ。なので、今はただひたすら目の前の木刀に集中して、いい木刀を作るのみです。」と答えてくれました。この言葉から、木刀の質をとことん追求する新留氏の職人魂を改めて感じとることができました。
職人仕事と武芸
興味深いことに、宮本武蔵は、かの有名な「五輪書」の中で「兵法の道を大工にたとえること」として、武士道を大工に例えて説明しています。改めて、私達の「武道」と「職人技」について考えてみました。熟練の職人とは、自然な動きの中で、無意識的に仕事を匠に仕上げていきます。少なくとも10年間、その仕事をひたむきに繰り返し続けて初めて「芸術」といえるようになる「職人芸」と、日々の稽古を重ねていきながら自分の技を磨き、「武芸」としていく武道家の道はまさに同じといえるでしょう。「武芸」の「芸」という漢字の所以はここにあり、深い意味が込められているのではないでしょうか。
新留氏によって作られた木刀を手にするとき、バランス、手触り、仕上げの精巧さなど、職人の完璧な芸を感じとることができるはずです。熟練の職人によって作られた素晴らしい木刀と出会うことで、さらに武芸の磨きをかけることができる手がかりとなっていくのではないでしょうか。
新留氏の木刀は、ショップに毎月40本ほど入荷されています。ご注文・ご質問等ござましたら、お気軽にお問合せください。
このブログは2014年、フランスにおける合気道雑誌「Magazine Dragon Spéciale Aikido HS N°3」にて掲載された、星道スタッフによる取材記事の日本語訳となります。
写真・テキスト:Jordy Delage
映像 : Rémi Bouchez
訳: ドゥラジュ 星 絵理子
1 コメント - 日本木刀の歴史と伝統工芸士・新留義昭氏
塗装をしていない、無垢の状態のものを販売してほしい。